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​はりもと

​2.75(ヨンロケ・ロケットとグルート)

 

クイルの父だと名乗るあの髭面の男が、惑星野郎だって?
ヨンドゥの説明は俄かに信じがたいものだった。
切り離されたエクレクターには俺達4人、その数字が急に心許なく思えてくる。

「冗談キツイぜ…」

俺の嘆息を聞いているのかいないのか、ヨンドゥの目はずっと遠くを見据えて、静かに佇んでいる。こいつの腹は決まっている。きっとエゴのことは、不意に訪れたハプニングではないのだろう。
エゴの妙な物腰の柔らかさに胡散臭さは感じていたものの、引き止めまではしなかった。あの時制止していれば、いや、あの時バッテリーを盗んでいなければ。止めどない「もしも」が頭を駆け抜け、思考が前に進まない。
それにしたって惑星野郎の話は想像の範疇を超えていた。
星を造る、神ほどの存在。
俺たちじゃ…とても手に負えない。
この感情は前にも抱いたことがあるな。何だったか。あぁそうだ、クイルとガモーラがラヴェジャーズに捕まった時か。ふらふらになりながら立ち上がるドラックス、その隣で俺を見つめるグルート。真っ黒な瞳が俺を捉える。あいつは本当に、お人好しで、変なとこで強情で…。
その時の記憶なんて残ってないチビグルートは、さっぱり意味が分からない、といった感じで今俺の隣で首を傾げている。
グルート、グルート。
この命を、また失うかもしれない。
動悸が激しくなり、指先がじわり、と湿るのを感じた。
ヨンドゥは俺の逡巡を見透かしたように一瞥すると、その腰を大袈裟に下ろす。沈黙を破り、唐突に話し始めた。

「…で、小枝?その帽子の奴とはどうなったんだ?」

その言葉を聞いて、俺もグルートも弾かれたようにヨンドゥを見る。何言ってやがんだ、こいつ?こんな逼迫した時に。
俺の呆気にとられた顔を見ると、ヨンドゥは喉の奥でくつくつと笑う。

「そんな顔すんな。ポッドで出られるまでまだ時間があるんだ。ブレイクタイムには持ってこいの話題だろ」

ヨンドゥはそう言って、傍観していたグルートに向き直る。

「小枝、帽子の奴だ。さっき檻のとこで話してたろ」

両手で帽子のつばを直す仕草をすると、促すようにグルートへ視線を送る。およそ理解ができない沈痛な雰囲気にのまれていたグルートが、ぱっと表情をほころばせる。その笑顔を見たのは久しぶりな気がした。

「アイアムグルート!」

ヨンドゥはしたり顔で頷くと俺に通訳を求めた。

「で、なんつった?」

こんな与太話してる場合じゃないが、一度切れてしまった緊張の糸はなかなか元には戻せない。その場に座り込む。熱が引くように冷静になった。
そうだ、今更、どこに逃げようもないのだ。
観念して、頭を掻きながら説明をしてやる。

「………僕はその帽子似合ってないから取りなよって言った」

ヨンドゥは口先だけでニヤッと笑みを浮かべると、続きを促す。

「それで?」
「アイアムグルート」
「黒くてでっかい奴だった。でも目だけぎらぎら光ってた」

身振り手振りで伝えようとするグルートに、ヨンドゥは視線を合わせるように背を屈める。

「アイアムグルート」
「帽子を取って僕の前に膝まづいた」
「アイアム、グルート」
「そいつは帽子に手を突っ込むと、大きなチョコレートを取り出した」
「アイアムグルート」
「僕はそれを受け取った」

どれも聞いたことのない話だ。他の星のやつと、俺たちの知らない間に接触してたなんて。

「アイアムグルート…」
「そいつは帽子の中を指差した。僕はまた何か入ってるのかなって覗き込んだら…」

そこまで言うとグルートは俯いて、かぶりを振る。

「…アイアムグルート」

聞いて、ギョッとする。

「帽子の中に入れられて捕まっただぁ!?なんだその話!!あんだけ変なやつらに近付くなって言ってるだろ!!」

俺の怒号に怯んだように一瞬だけ首をすくめたが、すぐにそっぽを向く、

「アイアムグルート…」
「戻って来れたからいいってもんじゃねーぞ!」

誘拐されかけた事実に、冷静さが消える。知らなかった、そんなこと。逃げおおせたことよりも、もし捕まっていたら…それを思うと声も一際刺々しくなる。
一部始終を見ていたヨンドゥが、図体通りのデカイ声で笑い始めた。

「オイオイまるで親子だなァ?」
「笑うな!!」

まあまあ、と俺の肩を叩くと、コートのポケットからコインを一つ取り出した。何の変哲も無い銀色のコインがヨンドゥの掌で船内の明かりを受け、きらきら光る。

「小枝はもっとちゃんと見て、考えないとダメだな。今のままじゃ、着いた瞬間エゴの野郎にペロリと取り込まれてエンドだ」

グルートの目の前で両掌を広げるように差し出すと、コインの入った右手を握り締める。次いで左手も握ると、両腕をゆっくり交差させる。
不思議そうに覗き込むグルートを確認すると、

「よく見てろよ、小枝」

差し出していた両手を引っ込める。ピン、と音が響きコインが目線のずっと上まで弾き上がる。瞬間、目にも留まらぬ速さでヨンドゥの腕が動いた。途中何度もコインを入れ替え、反射光が腕の中で踊る。予想できない不規則な動きに、グルートの目が泳ぐ。時間にして数秒だったが、濃密な空気に圧迫されるようだった。
バッと元のように両腕を突き出すと、

「どっちだ?」

と尋ねる。
グルートは少しだけ迷うと右手の方を指差す。
開いた掌には何も入ってなかった。左手を開くと先程のコインが現れる。

「もう一度だ、小枝。……よーく、見ておけ。勘なんて当てにするな」

さっきと同じように、わずかな瞬きの間にコインを行き来させる。ヨンドゥが腕を差し出す。グルートは、次は選ぶ指を左右に彷徨わせ、悩んだ末に左を選んだ。開いた手の中はまたしても空っぽだ。また掌を閉じる、コインを入れ替える、選ばせる…。
それを何度か繰り返している内に、グルートの目がどんどん鋭さを増す。

「アイアムグルート!」

開かれた右手にやっとコインを認めた頃には、グルートの表情は自信に満ちたものになっていた。ヨンドゥがゆっくりと頷いた。

「小枝にやろう。大金だぞ」

グルートはコインを受け取ると、裏表にひっくり返したり掘られている風景の絵を撫でたりと、興味津々に遊び始めた。その様子を二人で眺めるとヨンドゥが俺に目配せした。

「あんなチビが一緒じゃ気が抜けねえな」
「…………あぁ、心配だ」
                                            
素直に言葉が漏れる。こいつに意地を張っても無駄だ。さっきの言い争いで十分懲りた。グルートを失う恐怖も、こいつには全てお見通しなんだろう。心配か。初めて口に出したなそんな言葉。

「…ガキは育つさ。宇宙一のクソガキを見てきた俺が言うんだ。間違いない」

「何だそりゃ、クイルのこと言ってんのか?」

ふはっと気が抜けたように笑ってしまう。あの鉄砲玉のようなガキが相手じゃさぞかし手のかかったことだろう。クイルの、悪戯っぽい青の瞳を思い出す。あいつにはまだ話がある。バッテリーの事とか、親父の事とか、他にも。
あの阿呆ヅラを思い出すと、恐怖が薄れていくのを感じた。助けられたようで、面白くないが。
コインで遊ぶグルートの楽しそうな表情に、頬が緩む。ヨンドゥも釣られたように、にやっと歯を見せて笑った。

「……やっぱその汚ねえ歯並びだけは受け付けねえな…」
「…………。」

つい漏れ出た本音に、ヨンドゥが辟易したように盛大なため息をつく。

「俺はお前のことも心配なんだがな」

そうボソッと呟かれ、さっきとは違う種類の汗が滲んだ。心配?俺を?咄嗟にヨンドゥの顔を見ると、苦々しく細められた目と視線がぶつかった。
その時、クラグリンのアナウンスが船内に響き渡る。

『船長、ポッドの準備できました』

あぁ、と口先だけの返事をする。
ヨンドゥはその大きな掌を、俺の背中に押し当てて、バンバン、と数度勢いよく叩いた。手術痕で薄くなった皮膚へ、思いのほかあたたかな熱が伝わる。
「お前は俺だからな」そう激昂する姿が頭をよぎる。俺ならあんな小っ恥ずかしい台詞言わない。でも確かに今、触れられた背中から、ヨンドゥの意志が入ってくる。そんな気がした。

「行くぞ」

この星に光はない。不穏な風に、木々も湖面も暴れ狂っている。元は美しかったのであろう景色が歪む。クイルの父親、そう名乗った男が創り上げたいびつな星。今から突入するその地獄を眼下に収め、俺たちはポッドへ足を運んだ。

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