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pikari

半世界の恋(オヘア×ロケット)

 

 

 【映画版でなく、原書版なので簡単に解説。
()の中に数字がある場合、それはその作品の発売年です。

Guardians of the Galaxy(2015)
とあった場合2015年発売のガーディアンズ誌ということになります。

世界説明

ハーフワールド
銀河にある犯罪者専門の精神病棟。惑星そのものが精神病棟であり、入院している精神病の犯罪者を刺激しないために遺伝子改造されほぼ人と同じことが出来る動物がスタッフとして働いている。
あまりにも危険で治る見込みの無い犯罪者はクラウンと呼ばれるピエロ型のロボットが応対する。
トラブルは数知れないほど起きており犯罪者が脱走したり中で暴れたりと言った事故も多発している。
惑星内には人工環境スペースという自然を作ったスペースがあり、スタッフも其処で休憩していることもある。
ハルクが宇宙に飛ばされた際にここに流れ着いたこともある。ただし、ロケットもハルクも覚えていない。


*原書版キャラ説明

 ロケット・ラクーン
ロケットはハーフワールド生まれで遺伝子改造を受けている。生まれつきスタッフになるために訓練を受けており、ある意味生まれついてのヒーロー。ハーフワールドで働いている時は特にひねくれているわけでもなく勇敢で真面目な性格をしていた。
ロケットがハーフワールドの警備主任になってからは30年間守りが破られることはなかったと記述があるので主任になるまでの時間も考え、ガーディアンズに入ったのは40~50歳と考えられる。
ガーディアンズに入る前のロケットはハーフワールドに居た記憶はほぼ失われており、捏造された記憶を補填されている。その捏造された記憶がRocket Raccoon♯1~4(1985)である。実際の記憶はAnnihilators♯1~4(2011)を参照。
この作品はAnnihilatorsで描かれた設定をもとに作成しており、その設定がここの説明です。


 ブラックジャック・オヘア
英語名Blackjack O'hare   hareはウサギなのでそのまんま黒ウサギ。いつもヘルメットのようなゴーグルを付けている。
生まれについてはロケットと同じであり、映画のロケットを多少マイルドにしたような性格をしている。オヘアはハーフワールドの警備副主任であり、少なくとも30年間ロケットの補佐役をしていた。
ブラックバニー・バリゲードというウサギのチーム(恐らく兄弟姉妹)のリーダーでもある。原作でロケットのことをロッキーと呼ぶ数少ないキャラ。


 ウォル・ラス
セイウチの英語名そのまま。ライラのおじさんであるためロケットやオヘアから見ると相当年上であると考えられる。ロケットと一緒に行動していることが多く、ハルクと会ったときもロケットと二人でパトロールしていた。

ライラ
カワウソの女性。ウォル・ラスの姪である。

バイコ
カメであり、ハーフワールドの研究所長。

上の説明は原書の通りですが、作品自体はほぼ捏造ですので気を付けてください。】

 

 

 

 

 


「この、果てが無いと言われる宇宙空間にキーストン・コドラントと呼ばれる銀河が存在し、その銀河の中にギャラシアン・ウォールという幾重にも積まれたバリアを外周に持つ惑星が存在する。
そのバリアは外部からの侵略を防ぐためのバリアではなく、内部からの脱走を防ぐための物だ。
 そのバリアで閉じられた惑星の名前はハーフワールドと言う名であり、通称ハーフワールド・アサイラムとも呼ばれている。アサイラムとは精神病棟を意味し、ここがそのハーフワールド・アサイラムと言うわけだ。実際に精神を病んだ犯罪者を収容しているのは君達も知る所だろう」

子供の頃から何度も聴かされたこの惑星の話。耳にタコが出来るほどに聴いた話だが、今日でようやく聞き納めになりそうだと考えながら他の席に座る動物たちと同じように教室の前で説明を続けるカメの男の言葉に耳を傾ける。

「つまり、君たちはその精神病棟を管理する上で患者を刺激しない為、親しみやすい動物の姿で生を受け、此処に居るのだ」

この場には様々な種類の動物が居る。犬や猫、カワウソやアシカ等が椅子にキッチリと座り、前で立って喋るカメの話を聞いている。

「今日まででも一応の教育を受けたと思うが、今日から君たちは此処の正式なスタッフだ。訓練や実際の業務に携わってもらう。配属や上官については資料に示した通りだ」

配布された資料を見ると所属は警備と書かれており、上官の名前にウォル・ラスと書かれていた。そして、もう一人新しく警備に配属されている奴の名前を確認する。そこにはロケット・ラクーンと書かれていた。その名前の奴と今まで会ったことが無かったが、名前からきっとアライグマだろうと分かった。

「質問が無ければ、上官の元に向かい次の指示を仰げ」

カメの男がそう言うと座っていた動物が一斉に立ち上がり動き出す。俺の上官はウォル・ラスという男で、写真を見たところ大きなセイウチのようだった。そのためすぐに見つかり、近付くことが出来た。すると向こうから話し掛けてきた。

「キミがブラックジャック君か。ロケットが来るまで待とう」
「分かりました」

俺には君を付けてもう片方は付けないってことはもう一人とは既に面識があるってことか。そう考えているとすぐに、茶色のアライグマが此方にやって来た。そのアライグマは配属される少し前に受けた適正試験の時から気になっていた相手だったので少し驚いてしまった。そのアライグマも俺を見て驚いた顔をしたので少し時間が止まったかのような空気となった。その空気を上官のセイウチが破る。

「揃ったようだな。まずはお互い挨拶からだ。これからペアとなる相手だからお互い分かりあうことが大事だぞ」

挨拶するように言われ、何とか話を切り出そうとそのアライグマの方を向く。取り合えず名前と、試験の事を言っておくか。

「え、あー、俺はブラックジャック・オヘアだ。そっちのことは適正試験で複雑な装置を直してるのを見て気になってた」

この同い年のアライグマは適正試験の時に飛び抜けた修理技能を見せていたので器用な奴がいるなと一目置いていた。まさかペアになるとは思わなかった。
 俺が言い終わると向こうも口を開いた。

「オレは、ロケット・ラクーン。ロケットって呼んでくれ。その、機械いじりが趣味でちょっと得意なだけだ。こっちも団体訓練の時、上手く周りをまとめてたのを見てて、気になってた」

此方が気になっていたように向こうも一応は気にしていたようだ。俺は兎なので兄弟がとても多い。それらの頭として纏めていたのでその辺りは得意だと自負している。勿論言われて悪い気持ちではない。

「俺は弟や妹がすげえ多くてな。昔から纏めてたから慣れてんだ。これからよろしくな、ロケット」
「ああ、よろしく。オヘア」

俺達のやりとりを見ていた上官のセイウチが手を叩いたのでそちらを向く。

「自己紹介は済んだな。警備担当の教官兼上官のウォル・ラスじゃ。ロケットとは儂の姪が仲良くしておる都合面識があるが別に偶然じゃし、贔屓もせんから関係ないぞ」

やはりロケットとやらはこの上官とは知り合いだったようだ。ロケットが此方を向いて肩をすくめる。

「えっと、ウォルじ、じゃなかった、ラス上官はオレの幼馴染みのライラって子の叔父で時々会うことが有ったんだよ。仕事には関係無い」
「ふーん」

最初ウォル爺さんって言おうとしたのか? それならそこそこ顔見知りな気がするが、まあ別に関係ないだろう。

「警備の部署は危険が多く、重大な事故に繋がりやすいことから優秀な人材が配属される。君たち二人はいつか重要な役割を担う事になるという自覚を持って取り組むように」

上官がそう言うので少し嬉しくなる。いつかはここのトップにもなれるかもしれない。隣のアライグマもきっと似たようなことを考えているだろう。

「なあロケット、どっちがトップになるか勝負しようぜ」
「別に構わないが、勝った方はどうする?」
「それは――」

 

 沢山のモニターの立ち並ぶ部屋で立ちながら何年も昔のことである、ロケットと初めて出会った時のことをぼんやり思い返していた。意識の外にあったモニターに目を向けると病院の個室のような景色を映し出している。これが普通の病院で普通の患者なら俺たちのような生き物も必要なかっただろうにと自嘲する。

「よう、オヘア。何笑ってんだ? それにお前が交代の相手が来るまで居んのって珍しいな。どういう風の吹き回しだ?」

自嘲しているとそう後ろから声を掛けられる。振り返ると緑色の服を着て腰に銃を一丁携えたアライグマが俺を見て不思議そうにしていた。普通の病院なら銃なんて必要が無い。しかし精神病の犯罪者を収容、治療するここハーフワールド・アサイラムではその動物の容姿を含めて必要な物だ。
 俺は仕事熱心なので監視の時間が過ぎても待っていた――というわけではなく、交代としてやってくる相手であるロケットを待っていただけだ。

「ようロッキー、そっちは今からの見張りが終わったら一日非番だろ? だから酒飲みに誘おうと思ってな」
「お前なあ……そういうことなら前もって言っとけよ。それならそれに備えてさっきまで寝ておいたっつうのに。どうせ夜通しで飲むんだろうからな」

同時期に配属されたロケットは今では警備主任でありこのアサイラムにおける患者の管理を一任されている。主任だけあって他のやつらよりとても仕事が多くいつも忙しそうにしている。いつも誰かと仕事の話をしていたり作業をしているため口ではこう言っているが時間があっても結局寝たりはしないだろう。

「いいだろ、最近お前を他のやつに取られてばっかなんだ。たまには付き合ってくれよ」
「……しょうがねえな。でもお前の兄妹たちは連れてくんなよ。すげえ騒がしいからな」
「分かってるって。勿論サシだ」

釘を刺してきた俺の血の繋がった兄妹兼部下である通称ブラックバニー・ブリゲードはたくさん居るのでそれだけでうるさい。役に立つときは役に立つが飲みに連れるには全く向かないので元よりつれていく気なんて無い。あまりない機会なので二人きりで呑みたい。昔はもっと……。

「前はもっと頻繁に飲んでたのにな」
「もうその時とはオレ達の役職も違う。昔と一緒とはいかねえよ」

昔とは違うというロケットの言葉が胸に刺さる。時間が経つにつれて確かに色々と変わっていった。でも、変わらなかった物もある。

「昔から変わらない物もあるけどな」
「……そうかもな」

俺の一人言のつもりだったが、ロケットがその言葉に反応したのは意外だった。しかし他に言うことも無く、ロケットの承諾を得たことで用事が終わったので管制室の出口に向かう。そういえば伝えとかないとな。

「それじゃあ後で迎えに行くから終わってもここに居てくれ」
「へいへい。あーそういえば、ウォルがもし会ったらオヘアを呼んでくれって言ってたから行ってやってくれ」
「あのじいさんが?」
「用件は知らねえけど取り合えず来てくれってよ。なんかしたのか?」
「いや、知らん。それじゃあ頑張れよ」


 ロケットと別れ、ウォルの元に向かう。あのウォル・ラスが呼んでいるのなら行かざるを得ない。昔からここで働いており、俺達の元上官。数年前に警備の最前線からは退いたものの俺たちにとっては今でも上官のようなものなので無下にすると後で怖いと同じく部下だったロケットも言う。……俺は無下に出来ない他の理由もあるのだが。
 水棲生物の住むエリアにあるウォルの部屋の前に立ち、ノックをする。

「入ってくれ」

そう中から声が聞こえたので中に入ると大きなセイウチが俺を待ち構えていた。

「よく来たな」
「アンタが呼んだんだろ。何の用だよ」
「せっかちじゃな。そんなんじゃロケットは振り向かんぞ」
「それは関係ねえだろジジイ!」

昔は直属の上官だったため敬語を使っていたが今ではこの通りになってしまっている。この爺さんは上官だった時からかなりいい性格をしていると思っていたが、俺の気持ちを知っている今では一番の脅威だ。……なぜなら俺は元同僚で今は俺の上司であるロケットにかなり前から恋をしていて、長い間拗らせている。そんなことを知られてしまっているのだから。

「そんな口を叩かれると口が滑ってしまいそうじゃ。主にお主の淡い想いがな」
「……悪かったよ」

 このじいさんはそれを知った上で俺の恋路を面白がっているので顔を合わせたくない。しかもこのじいさん、実の姪であるライラもロケットのことが好きなのも知っている筈だ。

「つうかそれが理由で呼んだんだろ? アンタの姪のライラもアイツに惚れてるのは知ってるくせに俺を焚き付けんのはどうなんだよ」
「儂にとってはお前さんもロケットも息子みたいなものじゃからな。あやつを支えてやれるなら構わんよ」
「まあ、ロッキーに負担は掛かってるのは分かる。主任になってからひっきりなしに呼ばれては仕事してるからな」

足りない装置や修理が必要で更に技術をかなり要求する仕事はいつも主任であるロケットに回されてるのは知っている。ロケットが間に合わないものは副主任の俺に回ってくるがその分だけでもアイツは無理をしているとは思う。

「主任になってから頑張りすぎな位じゃ。肩の力を抜けるのは同期のお前さん達と居るとき位じゃろう」
「アンタだってロッキーの奴と長いだろ」
「主任になってからは儂といると仕事の話が多くなってな。バイコも同じじゃ。年寄りはやっぱりいかん」

ウォルが牙を磨きながらそう言う。この目の前の爺さんと同じ年ほどのカメの研究所長であるバイコも俺たちとは長いが、そちらはなんというかマッドに片足突っ込んでいるサイエンティストなので肩の力を抜けるかというと無理だ。そろそろ、本題に入るか。

「……それで、今日の仕事明け、飲もうって誘った」
「ほう、ロケットの久しぶりの非番の休みを減らそうと」
「嫌な言い方するなよ爺さん。どうせアイツは非番でも寝たあとはまた働きだしてるんだから休みを少しでも満喫させたいだけだ。起きてすぐ誘ってももう作業し始めたっつって断られるしな」

ロケットを休ませてやりたい。俺も副主任として忙しくしているが十日に一度は非番がある。しかし、ロケットの非番は二十日に一回ほどでしかもその非番ですら半日も休んでいない。

「最近精神を病んだ犯罪者の収容が増えとるからのう。お前さんが現場指揮してくれるのは助かるが」
「人を使うのには慣れた。でも収容に立ち会ったり、実際に配置するのは主任しか出来ねえ」
「先代主任が収容中に患者に襲われて引退と急じゃったから引き継ぎもまともに行えなかったのが痛手じゃな。そのせいで色々と忙しさが増しておる」

精神を病んだ犯罪者という水風船の中に硫酸を入れたような危険物を収容するこの施設では事故は日常茶飯事であり、最悪死も有りうる。先代の主任はそいつらが運ばれてきて収容する過程で暴れられ重傷を負った。ロケットもそんな目に遇ったらと思うと俺だけで収容作業をしたいと思う程だが、ロケットは絶対に収容時には携わるようにしている。そのせいで気が気では無いし、ロケットの仕事も増えている。

「それで、酒を飲ませたあとはどうするんじゃ?」
「別になにもしねえよ」
「なんじゃ、案外臆病じゃな」
「変なことして、嫌われたらどうすんだ」

臆病と呼ばれ少しムカツクが抑える。今まで同僚として仕事をしてきて、今では主任と副主任になった。ここまで一緒に居られただけでも嬉しいのにそれ以上を望んで嫌われたくない。

「ふむ。まあ話を聞いてくれ。先週ロケットと話したときのこと、会話の最中で儂がノリで告白したんじゃが」
「なにしてんだよジジイ!」
「反応が見たくなってな。……それで五秒ほど固まったあとにぼそっと考えるから待ってくれって返してきたんじゃ」
「嘘だろ、何でこんな枯れきった爺さん相手に考える余地が何処に」

そう言うとセイウチの尻尾が飛んできて俺の頭をはたいた。痛い。

「それで儂が冗談と言ったらちょっと傷付いたような表情をしてそういうのは止めてくれって呟いたんじゃ。正直冗談にするのは惜しいし、悪いことをしたと思ったわけじゃが……。儂で考えると返答する訳じゃからお前さんなら大丈夫だと思うぞ」
「アイツが枯れ専だったらどうすりゃいいんだ」
「そのときは儂が頂こう」
「おいジジイ!」

再び尻尾が飛んできたが今度は避ける。一回目の悪口は俺が悪いが今回は俺は悪くないので当たる義理が無い。向こうも避けられるのは予期していたようで表情を変えずに俺を見つめる。

「つまり、お前さんが好きと言えば可能性は普通にあるんじゃないかということが言いたい」
「どうだろうな。別にロッキーだって断り方を考えるから待ってほしかったのかもしれねえし」
「そんなことばかり考えていては一向に先には進まんぞ。ブラックバニーブリゲードの頂点に立つ男の言葉とは思えんな。百以上居る兄弟姉妹の中でお主は年功序列でリーダーになった訳じゃなく、実力で勝ち取ったのじゃろう?」

ウォルのその言葉は俺の胸の深い部分を暴くような感覚を与えた。俺は産まれたときから競って生きてきた。周りの兄弟を束ねるまでに強くなったのも、他の兄弟を差し置いてでも欲しいものがあって、それを諦めなかったからだ。初めて心から欲しいと感じたロケットのことも絶対に諦めたくない。しかし、何故ウォルはこのタイミングで俺に発破を掛けるのか。

「なんで今、いきなりそんな推すんだよ。なんか企んでるんじゃねえよな。そもそもアンタに呼ばれてきたわけだし」
「お主の恋愛相談に乗るのは疲れるのでな。そろそろ終わりにして欲しいと思って呼んだ訳じゃ。それにいつまでも放っておかれるような相手ではないぞ」

副主任の俺だって誘惑じみた誘いを受けることが多々がある。完全に閉鎖しており、いつ何が起きてもおかしくないここでは恋愛は盛んに行われている。ロケットは俺以上に受けているだろう。

「分かってる。飲むときに何かしらアプローチ掛ける」
「もしも進展したら言うんじゃぞ」
「気が向いたらな。……今の間にロッキーの用事になりそうな仕事片付けてくる」
「儂もそれとなく他の奴らにロケットに仕事を回さないよう釘を刺しておこう」
「頼んだ」

 そうしてウォルの部屋を後にする。ロケットの見張りの時間が終わるまでに出来ることはやっておかなければ。向こうの見張りの仕事が終わるまで、患者の受け入れ書類を片付けることにした。その作業の合間、昔の事を頭に浮かべる。この気持ちが芽生え出したのはいつだっただろう。多分俺がロッキーと呼び始めてからだったか――。


 芽生えだしたのは配属されてから約三ヶ月経った頃で、その時の俺は非番の時はよく兄妹たちと居て、ロケットとはそこまでは一緒に居なかった。仕事の時も競い合うような態度を俺がしていたので仲が良かったとはあまり言えない。その日は非番で何をしようかと兄妹と話していた。

「おいお前ら、自然エリアで泳ごうぜ」
「リーダーに賛成。最近体動かしてないわ」
「調理班は腕ばっか使うよな。リーダーみたいな警備が良かった」

兄妹で配属先がバラバラだったため非番のタイミングもバラバラだったが、数が多かったので誰かしらは被っていた。なので十程集めて惑星内の自然を再現したスペースに向かった。
 着くとそこには先客が居て、それはロケットとウォルと知らないカワウソの女性だった。俺たちが近付くと向こうもこちらに気づいた。

「ようオヘア。お前も泳ぎに来たのか」
「ああ。ちょっと俺たちが同時に泳げるスペース空けてもらっていいか」
「ん、ああ。ライラ、ちょっとこっち来てくれ」

ライラと呼ばれたカワウソが水から上がってロケットの隣に立った。このカワウソが前に言っていた幼馴染みだと分かった。

「多分会うの初めてだよな。オレの幼馴染みのライラでウォルの姪だ。ウォルと面識があったのはこういう訳だな」
「こんにちは」

ロケットが紹介し、そのカワウソが挨拶してきた。細長いので俺やロケットより身長は高いなと感じる。

「オレはブラックジャック・オヘアだ。ちょっと競争するからその間だけ避けててくれよ」

無難に挨拶を返す。今はそれよりも大事なことがある。湖が空いたのを確認して兄妹に合図をして一列に並ぶ。

「ロケット、合図して貰っていいか?」
「来ていきなり競争する意味がよく分からんが。お前本当に競争好きなんだな。……それじゃよーいドン」

ロケットのやる気の無い合図で一斉に泳ぎ始める。脇目も振らず泳ぐことだけに集中し、湖を対角線に泳ぎきる。水から上がったのが一番であることを確認して、一息をつく。その後少しして泳ぎきった兄妹達を見据える。

「よし、お前ら。後は好きに遊べ」

その言葉を聞いた兄妹たちは適当に泳いだり浮かんだりし始めた。それを見ているとロケットが歩いてきて、不思議そうな顔をして俺に問いかけた。

「……なんで今競争したんだ?」
「リーダーって事を示すため、ってのが意味合い的には近いかもな」
「それ、事あるごとにやってんのか?」
「そうだな。公平性がありそうな事が出来るときはやるな。何度も負けたらリーダー失格だ。俺は負けられないんだ」

それがブラックバニー・ブリゲードの掟だと親が言っていた。リーダーが負けてはならないとも。だから必死だ。俺は負けたくない。そう思っているとロケットが難しそうな顔をする。

「オヘア、お前なんか任される度にオレと競ってくるなって思ってたけどそれが理由だったのか?」
「同僚だって、ライバルみたいなものだろ」
「勝手に敵視すんな」

敵視するなとロケットが言うが、俺の頭は近い歳の奴を勝手に自分より下かどうかと認識してしまう。そしてそうでなかった場合、勝負を挑んでしまう。

「じゃあ、どう見ればいいんだよ」
「その、上手く言えねえけどどっちが上手に出来るのを競うんじゃなく、オヘアが得意なものはやって貰うしオレの方が得意なものはオレがやればいい。仲間ってそんなもんだろ」

その言葉は俺にとって今までの在り方から違いすぎて、理解が難しいものだった。その時の俺は、何にだって負けたら終わりだと思っていた。手が足りないなら手下から借りる。それが普通だと。

「つまり、仕事でもなんでもオレと居るとき位そういうの忘れたらどうだ? 勝ち負けとか考えずやろうぜ」
「ロケット……」

親からは上下関係を教えられて、兄妹とは競い合うばかりで心を許せる仲ではなかった。だから、周りは全て敵ばかりだと思っていた。でも、ロケットは……。
 考えている最中、ウォルが此方に這ってくる。どうやら会話を聞いていたようだ。

「単に毎回挑まれるのが面倒臭いからじゃろう?」
「おい爺さん、折角オレが良い感じで言ったところなのに出てくんなよ! ライラと一緒にどっか行っといてくれ」
「おいこら、ロケットお前……」

一瞬感傷的になってしまったが、そういうことか。俺が睨むとウォルを追いやったロケットが首を振る。

「オヘア、違うぞ。いやまあ半分はそうだが。もう半分は言った通りだ。オレとお前が持ってる才能は違うし競い合うもんじゃない。だから仲良くやろう。友達になろうぜ」

確かに、ロケットは俺の兄妹達とは違う。勝負を仕掛けて俺が負けても蹴落とそうとするわけでもない。違うと分かっていたのに俺はいちいち勝負を仕掛けていた。かなり、ウザかっただろうな。

「ロケット、……悪かった。こんな俺でも良いのか」
「訊くなって。こう言うときは無言で握手したりするもんだろ」

ロケットが笑って手を出してきたのでそれを握る。友人になるということがどういうことなのか、俺はよく知らない。

「友達って、何すんだ」
「オレが初めてってわけか。特に決まりとか無いぞ。なんか仲良い奴が出来たらやってみたいこととか無いのか?」

やってみたいこと……。そういえば昔読んだ作品で仲良い奴を愛称で呼ぶシーンがあってちょっと良いと思った気がする。

「ロケットのこと、ロッキーって呼んで良いか」

俺がなんとかそう絞り出すと一瞬ロケットが目をぱちくりとさせたあと頷いた。

「ああ、良いぜ」
「……ロッキー」
「なんだよ」
「ただの呼ぶ練習だ」
「ははっ、好きなだけ呼べよな」

そうロケットは笑って言った。その笑顔は今でもずっと忘れられない。この時に、きっと俺の心に種が撒かれた。その種は日々アイツと接する度に育っている。しかし、結局実らないままだ。いや、実らないというのは違うか。俺は直接気持ちを伝えたことがないのだから――。


 思い返すのを止める。あの時からずっと患っているのだから中々に重症だ。時計を見るとそろそろロケットの仕事が終わる時間だったので書類作業を終わらせる。これだけ済ませていれば一日くらい空いても困る奴は少ないだろうと思う。管理室に向かうとロケットが伸びをしていた。体を伸ばしきって声を漏らすところが少し可愛……じゃない。意識しているせいで何気ない動きにすら反応してしまう。

「ロッキー、それじゃあ行くか」
「ああ」

俺に気付いていたロケットが呼び掛けに答える。飲みに行く場所は一応一定以上の役職のみの奴だけが入れる場所で今は基本的に警備以外の奴らは寝ている時間なので誰も居ないだろう。その部屋はカウンターが付いているが酒とつまみになりそうな物が置いてあるだけで利用者が勝手に過ごす部屋なため気を使わずに済む。
 その部屋に入ると予想通り誰も居なかった。酒とつまみを適当に持ってカウンターに隣り合って座る。一応上司のロケットに酒を注ぎ、自分のグラスにも注ぐ。

「さんきゅ。それじゃあ乾杯。……オヘアと飲むのも久しぶりだな」
「誘っても断られてばっかだったしな」

ロケットの言葉にグラスをお互いコツンとぶつけ、一口飲んでロケットが続ける。本当に久しぶりだ。主任と副主任になってから初めてであることは確かだ。

「しょうがねえだろ。忙しいんだから」

ロケットが忙しいと言うが限度がある。一番の問題である引き継ぎが終わるまではこれが続くのだろう。

「無理はすんなよ。お前が倒れたら多分回らなくなるぞ」
「……分かってる」

ロケットが溜め息をつく。俺から見ても本当に疲れているのが分かる。それなのに休ませてやれない俺たちの不甲斐なさも感じる。

「俺だって副主任なんだ。頼ってくれよ」
「もう散々頼ってる。これ以上はお前らに回せない」
「ロッキー、あんまり気負うなよ」
「やっぱり他の職員を使うのはどうしても気を張る。前の方が気楽だった」
「ロッキー……」

ロケットが俺に弱音らしきものを吐き出してくれている。ウォルの言っていたことは本当だったのかもしれない。仕事のし過ぎで心にも何かが起きているんじゃないか。

「なあ、今日はもう絶対休め。起きても作業すんな」
「……ああ」
「おい、なんだその返事。絶対休む気無いだろ。俺の部下達に仕事してるの見かけたら部屋に運んで出さないよう指令出すからな」
「それは勘弁してくれよ」

ロケットが弱った笑みでこちらを見る。こんな表情を見るのは長い付き合いの中でも初めてだ。俺の心臓が少し鼓動が早まるのを感じた。好きな奴のこんな表情を見せられて、黙ってられるほど温厚ではない。我慢できなくなる前にウォルのあの言葉の意味を問いただそう。

「なあ、ロッキー。ウォルに告白されたって本当か?」
「ん? ……あー、そうだな。冗談ってすぐ撤回してたから本気じゃねえと思うけど」
「で、お前は考えるとか言ったとか」
「ウォルの奴、それを言いふらすためにからかったのか? まあ、言ったけどそれがどうしたんだよ」

ロケットはこれ以上は訊いてくれるなと言いたそうな表情をしていた。けれど俺は知りたい。

「考えるってことはウォルのこと好きで、承諾するつもりだったのか?」
「そりゃあ半分親みたいなもんだったし好きなのは否定しねえけど流石に付き合うとかはちょっとな……」
「じゃあなんで考えるなんて返事したんだよ」
「……何でだろうな」

またロケットが力なく笑ってグラスの酒に口をつける。付き合うのはあり得ないと言うが、実際は考えると言ったわけで。その差異は何から産まれたのだろうか。話す気がなさそうなものを聞こうとするより今はとにもかくにも休ませなければ。酔いも回ってきているようだからいつもより深く眠れるだろう。

「俺も今日は非番だ。お前が仕事しないように俺が部屋の前で見張ってやる。用事を持ってくる奴は追い返す」
「そんなに、オレのこと休ませたいのかよ」
「自分の顔見たらどうだ。毛並みも悪くなってるし次の日これ以上悪くなってたらキレるからな」
「……そこまでして休ませたいなら、オヘア。今日一緒に居てくれよ」
「……は?」

一緒に居てくれって、いったいどういう意味だ? 俺が思ってる意味とは違うのは分かっているが……駄目だ、心でいくら否定しても期待が溢れそうだ。

「やっぱ何でもねえ、忘れろ」

俺の驚いた反応に駄目だと考えたようでロケットがすぐに撤回する。しかしこんな降って沸いたチャンスを見逃す訳にはいかない。

「今日一緒に居りゃいいんだな?」
「いや、お前嫌なんだろ」
「んなこと言ってない。さっきのは驚いただけだ。別に昔だってよく夜通し遊んで草の上で雑魚寝したりしてたんだからなんの問題があるんだ。別に構わないぞ」

仄かな恋心を持っていて、いつか消えるかと思って抑えていたそれは今ではウォルに聴いて貰わないと我慢が出来ないほどに膨らんでしまった。

「……俺がお前の部屋で寝たいって言ってもか?」
「ロッキー、俺を舐めんなよ。良いって言うからにはなんだって良いから聞き返すな」
「分かった」

嘘だ。俺は内心めちゃくちゃ驚いているし聞き返したい。でもその度にロケットは俺が嫌がっていると思うだろう。俺は嬉しいし異論は無いが、ロケットがどういった考えで言っているかを知りたい。

「なんだって付き合うが、理由だけは訊かせてくれよ」
「……最近、眠れないんだ」
「それ、マジか?」
「寝てる間にもしかしたら何かが起きるかもしれないとか、修理待ちの物がいきなり必要になるかもしれないとか考えると寝付けない。最近は意識落ちるギリギリまで部屋で作業してる」
「おいおい重症だな。なんでそんなことになってんだ」
「分からん」

ロケットが首を降る。仕事環境によるものだと分かっているが、具体的な理由は本人には分からないようだ。 どう見ても働きすぎでノイローゼになっているんだと思うが。

「頑張りすぎなんだよ。ちっとは気を抜いたらどうだ」
「オレは主任なんだ。そんなこと出来ない」
「だからって体壊したら元も子も無いだろ」

いつでも気を張っていたら休めないだろう。何かロケットの気を和らげる行動をしてやらないと。

「理由は分かった。確かにそっちの部屋だと誰か飛び込んでくるかもしれねえし、今日は俺の部屋に来いよ」
「悪い、オヘア」
「謝罪なんかすんな。俺の仕事はお前の補佐役なんだからな」

なんてらしいことを述べてみるが胸中は穏やかではない。嬉しいのは嬉しい。しかし、最近片付けをした記憶がない。こんなことならもっと綺麗にしておくんだったとか様々な思考が脳内を飛び回る。

「それじゃあさっさと行くか。さっさと寝たいだろ」
「そうさせてくれ」

酒場を離れ、俺の部屋に向かう。ロケットが俺の部屋に入るだけじゃなく寝るなんてことを意識すると鼓動が少し早くなる。部屋の前に着いて一度深呼吸する。

「オヘアの部屋に入るの久しぶりだな。なんか前行ったときは弟たちとパーティしてたよな?」
「アイツらのガス抜きもしてやらねえと反乱が起きるからな。だから束ねる苦労は分かってるつもりだぜ」
「オレにはあんまり向いてねえんだろうな。一人で作業してる方が合ってる」
「そういうことも含めて色々相談しろよ。一人で悩むな」

ロケットは器用なのでなんでもかんでも一人でやれてしまう。しかしそのせいで人への頼り方を知らないのだとも感じる。
 部屋の扉を開けて中に入ると微妙に私物で散らかった部屋が広がる。こうなると知ってたら絶対片付けておいたというのに。

「散らかっててすまん」
「オレの部屋よりは綺麗だぞ」

ロケットが部屋を見渡してそう言うがロケットはそこそこ綺麗好きというかスッキリしていないとムカつくタイプな筈だ。最後に部屋に行ったときも……。

「昔行ったときは普通に片付いてなかったか?」
「昔はな。今は至るところに修理中の物が転がってるから寝ぼけて素足で歩いたりしたら刺さったり切ったりしそうなくらい散らかってる」
「いや、それは散らかってるとかじゃないだろ。作業場になってるって言った方が正しいんじゃねえか」

部屋がそんな有り様では眠れるものも眠れなくなるだろう。もはやそれは自室と言えるのか。
 ロケットが寝るとしてこの部屋はベッドは一つにソファが一つなので俺がソファーで寝れば良いだろう。騒いだあとは部下達にベッドが取られているのもザラなので慣れている。

「俺はソファー使うからそっちはベッド使え」
「いや、お前がベッドだろ。部屋の住人に遠慮させたくない」
「俺は慣れてるから好意に甘えろ。返品不可能だ」
「……分かったよ」

ぼすっと音を立ててロケットが俺のベッドに座る。これは俺にとって滅茶苦茶チャンスかもしれない。好きなやつを部屋に呼んで二人きりなんてこの先いつあるかも分からない。けれど弱ってるロケット相手に急接近を掛けるなんてことはできない。

「……オヘア」
「なんだ? ロッキー」

そう決心した時に唐突に呼ばれたので少し驚きながら返答する。ちょっと寂しげに聴こえたのは気のせいだろうか。

「お前もベッドで寝ろよ」
「いや、だから慣れてるって……いや、なんつった?」

またベッドで寝ろと言ってきたのだと思い返答したが、反芻してみると違ったような気がする。聞き間違えでなければお前もって……。

「このベッド広いし、別に一緒に寝られるんじゃないかって思ったんだ……嫌なら、別に」
「べ、別に嫌じゃないが」

ロケットの方から誘ってきた!? 一体ロケットは何を考えているのか。

「……ロッキー、本当に大丈夫か? いつものお前なら有り得ない台詞だぞ」
「……オヘア」

再び名前を呼ばれた。さっき感じた寂しげな感情は間違って無かったようだ。ソファから起き上がり、ロケットが座る隣に自分も腰を下ろす。そんな声で呼ばれたら俺は。

「ロッキー、同衾しようって言う意味、ちゃんと分かってるか?」
「分かってる」

ロケットが頷いたのが見えた瞬間。有り得ないと自分の脳が叫ぶ。きっとこれは疲れすぎている所に酔いが入り何となく誰にでもすがりたくなっただけだ。喜ぶなと言い聞かせる。
 言い聞かせているとロケットが俺を掴んで横に倒れたので俺も倒れてしまう。あまり広いとは言えないベッドに向かい合う形となり、俺の心臓の鼓動がますます早まる。おかしい、絶対にいつものロケットではない。

「……疲れた」

ロケットが目を閉じてそう呟く。やっぱり無理をしていたのか。ようやくその言葉が聞けた。酒の力を借りてやっとというのは些か悔しいがこれを待っていた。一度心のダムが決壊したならば、まだ引き出せる筈だ。

「お前は頑張ってる。でも、頑張りすぎだ」
「……オレは主任なんだ。皆の分までやらねえと」
「それは違う。今は収容する犯罪者の数も増えてて忙しい時期な上、引き継ぎだって終わってない。皆いつもより仕事が増えて当然なんだ。それなのにロッキーは他の奴の仕事は増やすまいとしてる」

ロケットが主任になる前と後で状況は大きく変わったが大部分の奴の仕事量は変わらない。増えるはずだった分をロケットが引き受けるからだ。

「でも、」
「少しは自分の事も考えろよ。……仲間を優先しすぎて自分を見失うってのは一番上の奴はやっちゃいけねえんだよ」
「オレ、お前の下が良かった。それなら悩まずに居られたのに」
「ロッキー……」

力なく呟いたその言葉とその表情に抱き締めたいと感じる。ロケットが主任になってから数か月が経ったが、その間一度もロケットは泣き言は言わなかった。今その言葉を聞けたことがどうしようもなく嬉しい。けれど、ロケットの負担をどうにかできなかったことをとても悔しくも感じる。

「なあ、この非番が開けたら指揮だけじゃなく人員配置から俺に任せてくれないか」
「オヘアの仕事が増えすぎる、駄目だ」
「いつもの仕事は部下にもやらせる。それでロッキーは引き継ぎに関して集中出来るだろ。それに、実際現場で見てると他に試してみたい配置もある」

働くようになった弟達、ブラックバニー・ブリゲードを率いているうちに人の向き不向きを多少は見分けられるようになった。

「……なんでオレが主任に選ばれたんだろうな。お前のが人員を使うのは上手いのに」
「俺よりは真面目だし、出来ることが俺より多いからだろ。あと俺みたいに調子に乗らないから爺さん連中の評価がいい」
「ははっ、そうだな」

ロケットが俺の言葉に同意して笑う。笑った顔がやっぱり一番いい。……これ以上魅了される前に寝てしまおう。

「そろそろ寝るか。今日は絶対休ませるからな」
「分かった。オヘアってこんな優しかったか?」

お前だからだよと叫びたくなるがなんとか抑える。

「どっかの主任が頼りねえからだ」
「悪かったよ。……でも嬉しかった。サンキュー」

小声で告げられたお礼の言葉が俺の体を駆け抜ける。踏み出すなら今じゃないのか。同じベッドで寝転がっているし、相手は今俺を意識している筈だ。ちょっとだけ試してみるのも……。

「……? オヘア、どうした?」
「いや、何でもない。電気消すぜ」
「頼む」

休ませるためにやってるのに変な真似して眠れなくさせたりしたら意味がない。アプローチを掛けるにも起きてからだ。
 電気を消して特に声もかけずに少し時間が経つと、相当疲れている上に酒も入ったロケットはうつらうつらとしていた。そしてそのまま五分程すると寝息が聴こえてくる。

「おやすみ」

そう音にならない程の声で呟く。寝ている時のロケットはいつもに増して色っぽく見えるのであまり見ないように目を閉じる。ウォルに臆病と言われたのを思い出すが、こんな状況で襲えるほど豪胆ではない。でも、ちょっと位触れたいと思い、ロケットの服に少し指が当たる位に近付く。ロケットがこんな近くに要る喜びを噛み締めながら俺は目を閉じた。

 
 目を開けると目の前にロケットの寝顔があり、驚いて声が出そうになるが抑える。そっか、俺は昨日ロケットと一緒に寝たんだっけか。まだ寝ているようだし寝させてやろうと思い、こっそりベッドから出て朝食を作る用意をする。
 作っていると目を覚ましたようでロケットがキッチンの方に歩いて来た。

「おはようさん。作って持ってくから待ってろ」
「ん、おはよう。久しぶりによく眠れた」
「そりゃ良かった。今度から一緒に寝るか?」
「考えとく」

冗談で言ったのに考えておくと言われ言葉が出なくなる。期待ばかり膨らませるようなことを言うのはやめてほしい。そう考えているとロケットが冷蔵庫を開けて中を物色し始めた。

「面白いものは入って無いぞ」
「そうみたいだな。それでオヘア、お前オレのこと好きなのか?」

オレが好きなのか、とロケットが言った途端時間が止まったような錯覚を覚える。昨日の思わせ振りな台詞は流されたと思っていた。

「……は?」
「昨日言ってたろ。同衾する意味わかってるかって。あんときは疲れすぎてて頭よく回らなかったから追求しそびれた」

今になってあれを拾ってくるのか!? ってか、言い方も軽いな。俺がロケットのことを好きかもしれないと分かっているのなら、一緒に寝ようって言葉に対する返答の意味が違ってくる。

「もし……俺が好きって言ったら?」
「それなら両想いだな」

両、想い。その言葉を脳内で三回ほど繰り返す。両想いってあの、

「両想い!?」
「あのな、そんな好きでもない奴とベッドで一緒に寝ようなんて言うほど適当じゃねえぞ。オレは前からお前の事好きだった」
「嘘だ。お前はライラが好きなんだろ」
「……オレは、隣に立っててくれる奴がいい。ただそれだけだ」

ロケットはまっすぐ俺を見据えてそう言った。俺はそんな仲になれなくても副主任として一番近くでアイツを支えることが出来れば満足だと思おうとしていた。それなのに、こんなことを言われたら。
 そういえばウォルの告白に関しての答えを聞いてない。ウォルだっていつも隣にいるだろう。

「それならウォルのじいさんだって好きなんだろ。告白されて考えてたんだからな」
「あんときも寝付けなくて寝不足だったから、その、ウォルのあの大きな体とか考えたらちょっと安心感出て寝られるかもとか考えてたんだよ。お前と同じ好きじゃねえというか」
「……なんか、それはそれでムカつく。体格に関しては俺じゃ勝てねえし」
「妬くなよオヘア」

妬くなと言うが、さっきの言い方だとウォルも十分可能性がある。途中で撤回したからロケットも引いたがあのままあのじいさんが押してたら有り得たと思うと落ち着いていられない。

「あのじいさんはずっとロッキーの横に居たし、俺には無い、その、包容力があるってことだろ」
「……オヘア、お前、ははっ、笑わせんなよ!」
「おい、笑うな!」

ロケットが俺の言葉に笑いだしたのでそう叫ぶ。

「いや、だって。お前がウォルに嫉妬するなんて思ってもみなかったからよ。……正直ちょっと嬉しいもんだな」
「そりゃどうも。俺も嫉妬したかいがある」
「……踏み出してくれて、ありがとな。オレはお前の事好きだったけど自分から踏み出すことは無かったと思う」
「理由を訊いてもいいか?」

俺から踏み出さなければこの恋は成就することはなかったと言われると理由を聞きたくなる。

「長い間一緒に仕事をしてきて、相棒としてオヘアはオレの横に立っててくれた。それだけでオレは満足してた。……いや、十分だって思い込もうとしてた。だから昨日までは抑え込めてたんだ」
「俺だってそう思ってた。でも、お前が働きすぎてるのを見て、我慢が出来なくなった。あと、その、ウォルにお前が好きなことを相談してて、昨日発破を掛けられたのもあるな」
「ウォルに? へえ、なんでオレとオヘアでウォルに呼びつけられる回数こんなに違うのかって前から思ってたがそういうことかよ。嘘の告白してきたのもその為ってことか。昔から敵わねえな」

ロケットがウォルを褒めているので枯れ専だったら貰うとか言っていたことは言わないでおこう。これ以上嫉妬しているとか言われるのも悔しい。
 ……ん? それにしてもなんか焦げ臭いな。

「おい、オヘア! 焦げてんぞ!」
「おっと、……こりゃもう駄目だな」

朝食のため焼いていた卵が完全に焦げてしまい、煙を上げていたのを見てロケットが叫び俺がそのフライパンを水に付ける。

「朝食作りながらする話じゃなかったな」
「全くだ。軽いノリで言い出されて幻聴かと思った。なんでさらっと言ってきたんだよ」
「本気の顔で問い詰めたらもし違ったとき誤魔化せなくなるだろ。そういう関係になりたいって欲より、嫌われたくないって思う気持ちの方が強かった」

これはさっきの踏み出すつもりは無いという言葉への解答の続きだ。きっとオレが否定したり、嫌な表情をしたらなんちゃってという風に言うつもりだったのだろう。ロケットは、真面目な顔で更に続けた。

「……あと、やっぱりこの想いが普通じゃないのも分かってたからな。嫌われるだけじゃなく、傷付ける可能性もあった。お前を失うだけじゃなく、傷付けてしまうことが怖かった」

ロケットがそう言うのを聴いて、俺を大事に思ってくれていたのだと感じる。つい嬉しくてロケットの体を抱き寄せる。一瞬驚いた顔をしていたがすぐに笑顔を向けてくれた。

「ロッキー、好きだ」
「おい、この状況で言わせんのかよ」
「俺はいつでも言って欲しいけどな」
「あんまり言ったら軽くなるだろ。……オレも好きだ」

その言葉を聴いてから顔を近付けるとロケットも察したようで目を閉じた。身長に殆ど差がなくて良かった。今物凄く心臓が脈打っていて、何も考えられなくても口の位置が合う。そして、口の先が触れ、鼻同士がコツンと当たる。真っ直ぐキスしたらこうなるのか、と心の中で笑う。鼻をそのまま擦り合わせると想いが繋がったのだと実感する。
 そして少しして顔を離す。これ以上すると、色々と不味いことになりそうだ。ロケットを休ませられなくなってはウォルにも怒られるし自分でも何をやっているのかと思うだろう。我慢だ我慢。

「はは、正面からだと鼻が当たっちまうな。でも鼻を擦り合わせるのもオレ達にとっては愛情表現か。……こうやって体くっつけてると心臓の音が聴こえてくるな」

そうロケットが呟く。お互いの鼓動が分かるくらいに密着していて、どちらも早くなっていて似た者同士だと感じる。やっぱ、我慢とか出来そうにない。

「なあロッキー、もっかい寝たい」
「やだね。オレは腹が減ってる」
「今度は焦がさずに作るから、それ食ったらイチャイチャしようぜ」
「イチャイチャって、具体的になんだよ」

……ロケットはどれくらいそういった知識があるのだろうか。俺はよく部下兼兄妹からそういった話もよく聴かされるがロケットの方はあんまり周りにそんな話をする奴は居なさそうだ。

「そりゃお楽しみだ。さて、作り直すから待ってろ。一緒にいられたら多分また焦がしそうだ」
「オレが作ってやろうか?」
「今日は全部俺がやるって決めてるから駄目だ。ほら出てった」
「分かったよ」

ロケットをキッチンから追いやって今度は集中して朝食を作る。想いが繋がったなんて今でも信じられない。朝食を持っていくと今まで通りのロケットが待っていたらどうしようかと思い、わりと急ぎ目に卵を焼き盛り付ける。
 隣の部屋の机に朝食を運ぶとロケットはベッドの下を覗いていた。

「おい、何してんだよ」
「暇だからお前が何か隠してないか物色してた。オヘアがオレの隠し撮りとか持ってたら面白いだろ?」
「あーそこには置いてないぞ」
「……あるのか?」
「普段から会えるのに撮るわけないだろ」

本当か確認してきたので当然のように言うとちょっと恥ずかしげにロケットが顔を伏せた。久しぶりにしてやったりって気持ちだ。

「下らないことしてないで朝食を食え」
「悪かったな。下らなくて」
「ちゃんと訊けば何でも答えてやる。隠し事はしない」
「それじゃあ、食ってる間にいつオレの事好きになったか教えてくれよ」

ロケットがそう訊いてきた。最近思い返したばかりなのですぐに答えられそうだ。でも恥ずかしくはあるな。

「そうだな、昔に俺がロッキーに事あるごとに勝負しかけてた時があったの覚えてるか?」
「ああ。配属されてすぐの時期か。ちゃんと覚えてるがあの辺りってわけか。……そりゃまた長い期間想ってたな」
「いつか冷めるかと思ったが、気配すらなかった。こっちからも質問だ。あの時は俺の事どう思ってたんだ? 何言われても怒らないから言ってくれよ」

昔から気になっていた。ウォルが言った通り面倒臭く思っていたのは確かだろうが。ロケットも食べる手を止めて難しい表情をした。

「本当に怒るなよ? ……毎度毎度、勝負吹っ掛けて来てダルいしオレが勝ったら明らかに機嫌悪くなるし面倒な奴だなって」
「やっぱりか」
「でも、優秀な奴だと思ってたし配属替えを要求する程じゃなかった。それであの時湖で会ったのはターニングポイントだったかもな。あれからのオヘアは本当に話しやすくなった」

面倒な奴と聴いて、過去の自分を殴りに行きたくなるが直せただけ良しとしよう。あの時の俺は青かった。

「そうか。……それで、好きになった本当にその時だな。その、細かくて気持ち悪いと思うかもしれないが、ロッキーって呼んで良いって話になって一回俺が試しに呼んだ後に好きなだけ呼べばいいって笑っただろ? その時の笑顔にやられた」

訊かれてもない部分までつい語ってしまった。まだ気持ちが舞い上がっているようだ。ロケットを見ると俺から視線を外していた。やっぱり引いただろうか。

「ロッキー、やっぱ気持ち悪かったか?」
「いや、嬉しい。でも恥ずかしいなかなり」
「ロッキーは何時くらいから俺の事意識したんだ? 流石に鬱陶しく想ってた訳だから同タイミングではないだろ」

ロケットは俺の事を相棒だとは思ってくれてるとは感じていたが、恋心だとは分からなかった。そこはお互いにそうなのだが、それならいつからだったのか気にはなる。

「そうだな、多分兆しとなったのは友人になってちょっと経ったくれえかな。オレはあんまり同世代の奴と遊ぶ事ってなかったんだよ。ライラとはそんな駆けずり回ったり飲んだり出来ねえし、ウォルは年が離れてるしな。だからお前に誘われたら優先してた」
「へえ。誘ったらよく来ると思ってたが、そういうことだったのか」

友人になろうと約束してからは非番の時はよく一緒に遊んだ。ロケットがそう思っていたと知ると嬉しい。ロケットが更に続けるので耳を傾ける。

「でも恋愛感情に気付いたのは、警備主任になってからだ。主任は仕事もきつくて責任も重い。嫌になって他の部署に逃げようか悩んだこともあった。でも、逃げたらお前の相棒じゃなくなると思った時凄く嫌だったんだ。いつの間にかに、お前が隣に居てくれないと駄目になってた」

ロケットのその言葉はある意味ではとても嬉しい。しかし、そういった悩みを聴くのは俺の仕事で。

「ロッキー、俺個人の心としては今めちゃくちゃ嬉しい。でも、そんな悩んでたなら言えよ! 副主任としてはめちゃくちゃ悔しいんだが」
「わ、悪い」

主任がそんな心持ちだったのに副主任の俺が気付かずにいたと言うのが悔しくてたまらない。

「でも、お前だって副主任になって仕事増えてるわけだしオレだけが弱音を吐くなんて出来ないだろ。特に好きな奴に言うなんて情けなさすぎる」
「気持ちは分かるがこれからはちゃんと言ってくれよ。もうお互い隠しても仕方ないんだからな。全部さらけ出せよ」
「何か卑猥な響きだな」
「全部曝け出させてやろうか」
「冗談だって」

茶化されたので脅してやると降参と言ったように手をひらつかせた。皮肉っぽいそのしぐさは俺も良くやるがロケットがやると色っぽく見える。惚れた腫れたは相当分厚い色眼鏡を掛けてしまう。

「朝食サンキューな、オヘア」
「皿も俺が洗うから置いとけ。それより、ベッド行こうぜ」
「必死すぎて怖いぞ」
「好きだぜ、ロケット」
「……しょうがねえな」

承諾して席を立つロケットに案外チョロいと思うも少しはロケットもそうしたかったのだとも感じる。いつ命を落とすかも分からないこの惑星、両想いなのが分かったならば心残りを作りたくない。
 ベッドに腰掛けるとロケットも隣に座ってきた。結局、ロケットはそういったことを何も知らないのだろうか? 気になるし訊いとくか。

「ところでロッキー、お前この後どうするか分かってるよな」
「……おう」
「本当か?」
「……いや、嘘だ」

何でわざわざ嘘付いてんだよ。見得張っても即バレるだろうが。というかやっぱり何も知らなかったか。結構真面目な上に周りもそういった下卑た話題を振らなさそうだ。

「それならロッキー、俺に逐一教えられてからどうするか決めるか、俺に今優しく抱かれるか選べ」
「なんだよそれ。お前はちゃんと知ってるんだな。一応同じ教育受けた筈なのに」
「兄妹が恋仲の相手を作る度自慢されてたら嫌でも分かるようになる。で、どっちだ?」
「なんか顔怖いぞ。や、やっぱ止め――」

ベッドから逃げようとしたロケットをがっしりとつかみ、笑顔を作る。俺はもう我慢できない。口ではああ言ったが、ベッドの横に座った時点でもう逃がす気は無くなっていた。

「ロッキー、後者で良いな? 優しくってのが適応されるだろう今のうちに頷いてくれよな」
「本当に優しくしてくれるんだよな?」

ひきつった笑顔で訊いてきたロケットに頷き、ベッドに横たわらせて俺は勢いよく飛び込んだ――。

 

 微睡みから目覚めて横で寝ているロケットをじっと見つめる。今日だけで好きな相手の心も体も手に入れる事が出来たなんて信じられない。実は幻で触ろうとしたら消えてなくなってしまうのではないかと不安になる。
 手を伸ばして茶色の毛皮に触れる。すると起きていたようでロケットの口が動く。

「……酷え目にあった」
「悪かった。でも、その割には笑顔だな」

言葉とは裏腹にロケットは笑っていた。先程の行為は結局余裕がどんどん無くなり、優しくという前提すら怪しい物だったが何とか許してもらえたようだ。余裕が無くなった理由もロケットが無意識に煽るからと言ったら怒るだろうか。

「もう、今日はお前の部屋から出られないくらいだるい。晩飯も酒も用意しろよ」
「分かってるって」

結局ロケットは休めたのだろうか怪しいものになってしまった。明日からは俺が一部肩代わりするとしても仕事量は依然多い。とりあえず汚れた体を洗わせないと。

「ロッキー、先に体洗ってこいよ」
「洗ったらもう体触らせねえからな。職場でお前の匂いがベッタリしてたら嫌だ」
「それならちょっと待った」

ロケットがそんなことを言うので再び体を寄せて抱き締める。行為のせいか毛がゴワゴワしている部分もあり、先程までの行為を思い出して再び燃え上がりそうだ。

「ずっとこうしてたい」
「なんか手つきがイヤらしいから嫌だ。さっき程じゃねえけどな」
「そりゃ初めてだったんだ。余裕なんて無かったし隅々まで知りたかった」
「こっちはよく分からないから何もしなかったのにそっちはやりたい放題やってたの覚えとけよ」

行為の途中のロケットは大人しくしていた。しかし一方的にされるがままだったのは相当に嫌だったようだ。

「ロッキーにされるならなんだっていいさ」
「それじゃあ面白くねえだろ。……じゃあお前も、オレがノリノリだったら面白くなかったりするか?」
「いや、それはそれでめっちゃテンション上がるな」

想像してみるととても熱い夜になりそうで今の慣れてない感じと甲乙付けがたい魅力がある。つまりどんな感じでも俺は問題ない。

「何でも喜ぶのかよ……」
「こうやって側に居るだけでこんだけ満たされるんだ。なんだっていいんだよ」
「安上がりで済んでいいな」

そう、側にいられたらなんだっていい。

「俺はロッキーが居ればなんでも良い。だから、離れないでくれ」

ロケットの体を抱き締めながら目を瞑りそう懇願する。今は体も心もとても近くなっているのを感じられる。それを知ってしまったから、もう今までみたいな関係には戻れない。

「オヘア、オレはこれからも此処の警備主任としてやっていく。やっていくのにお前以外のパートナーなんて考えられない。だからオレの方からも頼む」

腕の中のロケットの言葉に俺は嬉しくなる。望みの言葉も聞けたので動くつもりの無いパートナーの為に食事や酒を用意しなければ。っと、その前に俺も体洗わなきゃな。

「……食材とか取ってくるから先に体洗ってくる」
「その間に部屋でも漁っとくか」
「何も面白いものは無いぞ」
「ならオヘア、一緒に体洗うか」

一緒に、洗う。ロケットの言った言葉を頭の中で反芻する。……俺は我慢できるだろうか?  まあダメでも最悪すぐ洗えるな。

「……よし、そうしよう」
「返答にすげえ間が空いたな。やっぱ止めとく」
「おい、そりゃねえだろ」
「必至過ぎて怖い。……なあ、初めて会った日の賭けの話、覚えてるか?」

抗議した俺の返答としてロケットがそう告げる。勿論、覚えている。

「最初俺は勝った方は何でも一つ命令出来るようにしようって言ったな」
「それにオレはトップなんだから意味無いって言ったんだよな」

そう、トップに立ったのなら普通に命令すればいいとロケットが言い、結局決まらなかった。

「その話がどうしたんだ?」
「いや、なんか決めときゃ良かったって思ってな」
「あっさりトップに立っちまうんだもんな。うやむやになってて良かった」
「それで思ったんだが、オレ、オヘアから就任祝い貰ってない」
「それなら俺だって副主任になったがロッキーから貰ってない」

俺も副主任になると決まりバタバタしてたのでお互いに就任祝いなんて用意出来るわけもない。
 ロケットは頷いて更に続ける。

「だから、今度お互いの非番はお互い祝うことにしようぜ」
「兄弟達がいろんな部署に居るから言えば食材もなんとかなるな。分かった、次の非番の時に話通しとく」
「頼んだ。何か祝い渡すからオヘアもくれよ」
「アッと驚く物用意してやるよ」

最初に会って賭けを持ちかけた時の自分はまさかその相手と恋仲になるなんて思っても居なかっただろう。昔の自分ならなんて思うだろうか。もしあのまま気の置けない仲の相手が居ないまま育ったらどうなっただろうか。そんなことを少し考えるが今は風呂場に向かったロケットを追いかける方が先だと決め追いかける。今が幸せなら、それで十分だ。

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